治療への挑戦

PSP(進行性核上性麻痺)の治療への挑戦 困難な選択

2003年11月3日アップロード/2003年11月8日一部手直しのため更新
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2016年 9月18日 本サイトにアップロード

翻訳:松田典子,医師校閲:湯浅龍彦

James Tetrud 医学博士
臨床責任者,パーキンソン研究所
Sunnyvale カリフォルニア
スタンフォード大学医学部 神経学部門

オリジナルの頒布:米国PSP協会


進行性核上性麻痺(PSP)はまれな病気と考えられています。しかしながら,異常運動外来を受診するパーキンソン症候群を生じる神経変性疾患のなかで,2番目に多い原因と考えられています。アルツハイマー病やパーキンソン病など他の神経変性疾患のように,PSPを発症するリスクは年齢とともに高まります。したがってPSP有病率(ある一定の期間におけるその疾患を有する患者の割合)は,来るべきベビーブーム世代が高齢になるにつれて,これからの何年かにわたり確実に上昇するでしょう。こうした事実から,医学的な処置と介護者支援に関する集中的な取り組みや病気の原因と治癒(根治的治療法)の発見に向けたなお一層の研究努力の必要性が叫ばれています。以上のことから,医師と一般市民それぞれに,PSP患者の特別なニーズに対する認識を高めていくように努力すべきです。


PSP患者とその介護者は,最終的に診断が下るまでの間,しばしば混乱の期間に直面します。患者が最初に家庭医の診察を受けたときには,その症状はおそらく脳卒中あるいはパーキンソン病によるものだろうと,言われるでしょう。次に起こりうることとして,MRIもしくはCT頭部スキャンが行われるでしょうが,結果は「特記事項なし」もしくは「非特異的」変化と解釈されるでしょう。神経内科医へ紹介された後,患者は十中八九パーキンソン病であると診断され,カルビドパ/レボドパ(シネメット)などの抗パーキンソン薬の治療を受けることになるでしょう。PSP患者の多くでこの薬はいくぶん効果を示しますので,かなり長い間パーキンソン病と診断されていても,それは当然でしょう。地域のパーキンソン病支援グループを紹介されることもありますが,PSP患者が直面する問題の多くは,パーキンソン病患者が直面する問題と異なることが,すぐに明らかになるでしょう。


このような一連の経過は,(医師に)能力がない結果でもないし,配慮に欠いている結果でもありません。むしろこのことは,PSPに特異的な臨床症状が,神経内科医の初診後何年かたってからやっと,明らかになるという事実に起因すると考えられます。さらに,PSPの診断が疑われているときでも,その診断はパーキンソン病の診断よりも一般的に楽観的でありませんので,患者もしくは患者の家族にPSPの疑いがあることを伝えるのは,神経内科医の側で控えることがあるのです。しかしながら,症例の大多数では,PSPの臨床症状はまさにはっきりしており,患者やその介護者が直面する問題は,パーキンソン病患者の問題とまったく異なります。したがって,医師と患者の介護者は,これらの特定の問題をできるだけ早く認識して対処することが重要です。PSPの臨床症状の広がりは一定ではありませんが,患者とその介護者が直面するおもな問題のいくつかに,視覚症状,転倒にいたるバランス低下,発語嚥下障害,人格感情変化および睡眠障害があります。これらの症状の中には病気の後期に現れるものもありますが,初期に生じるものもあります。これらの問題の1つ1つが,病気に対処するうえで,それぞれ別々の挑戦を必要とするものなのです。


PSPであると診断できる臨床症状は眼球運動障害であり,進行性核上性麻痺の用語はこのことに由来します。特に,これは患者が命令によって下を向くことができないことを指します。しかし,検査を行う人が患者の頭を後方に傾けると,眼球は下方向に移動するのです。このことから,下方注視に直接的な役割を果たす眼筋もしくはニューロンの麻痺はないことが分かるのです。むしろ問題は「核上性」で,すなわち眼を動かす神経の上位の部分にあります。PSP患者のなかには,病気の後期になって始めて,決定的な下方注視麻痺が出てくる人もいます。この病気に現れるその他の眼球運動障害としては,衝動性眼球運動障害,滑動性眼球運動(すなわち動いている物体を追うこと)障害,固視(物体の像を固視する反射性の眼球運動)の障害,輻輳(ふくそう)運動(近距離にある物体を両眼で注視するのに必要)の障害などです。これらの眼球運動の異常は,霧視(訳注:霧がかかって見える),ときに複視(訳注:単一の物体の像が二重に見えること),読書困難等の多数の視覚症状を生じ,そのことがさらに歩行とバランスの困難さを悪化させます。患者のなかにはまた,眼瞼攣縮(がんけんれんしゅく)(まぶたのけいれん,強制閉眼にいたるジストニーの形)もしくは開眼失行(自発的開眼の障害)によって,眼を開けられないという問題が生じる人もいます。眼瞼攣縮と開眼失行の両方ともが,眼瞼と眼のまわりの筋肉にボツリヌス毒素(ボトックス)を注入することにより治療されます。この処置は眼瞼攣縮のほうによく効くようです。これらの視覚症状をいちばんよく診断できるのは,神経疾患に熟知した眼科医です。神経眼科医は,患者にこれらの視覚問題の助けとなるように,プリズムレンズ,色付きレンズ,ボツリヌス毒素(ボトックス)注入,さらには眼瞼挙上眼鏡といった,視覚補助具を提案することができます。


訳注:外界の目標を常に視力のよい網膜中心窩に保つように眼球は動きます。比較的ゆっくり動く目標を網膜中心窩に保持しながら追跡する運動を滑動性眼球運動といい,この運動では追跡不可能なほどに速く動く目標に対して目標と中心窩との位置のずれを補正する素早い運動を衝動性(追従)眼球運動(サッカード)といいます。


歩行とバランス障害は,PSP患者が経験する最初の症状の1つです。事実,予想しない転倒,これはパーキンソン病の初期では起こってもまれな症状ですが,しばしば神経内科医に最初に紹介されるきっかけとなります。転倒によって,骨折や脳しんとうなどの重い怪我を負うことがしばしばありますので,早急に何とかしなくてはなりません。神経疾患を熟知した理学療法士は,歩行訓練,転倒を避けたり和らげたりすることを目的とする予防手段,廊下や浴室のつかまり棒など家庭内の安全対策を提案したり,適切な歩行器や車椅子の必要性を判断したり,大きな助けとなるでしょう。後方転倒もある程度防ぐことができる歩行器など,広範な種類の歩行器が入手可能にはなっていますが,PSP患者のなかには,後方向に転倒する傾向の強い人もいますので,歩行器が役に立たないことがあります。車椅子を使うことの選択は,患者と家族が直面する最も困難な選択の1つです。なぜなら,車椅子を使うという選択は,病気に降参した,もしくは自立を失うことになるとも受け取れるからです。しかしながら,歩行器または車椅子は,実際には介護者への依存を減らし,より広範な活動を可能にさえします。重要なことは,これらの器具は,入院や手術につながる,転倒による重い怪我のリスクを減らすことにあります。歩行器もしくは車椅子の必要性を受け入れるのは決して簡単なことではありませんが,患者とその介護者は,この病気の進行するという性質とこれらの補助器具が患者のQOL(生活の質)を改善する可能性があるという事実を心に留めておかなくてはなりません。


PSP患者は,重度の発語障害および嚥下障害を来たします。これらの問題は,脳幹のニューロンの障害と,そのニューロンが特に大脳基底核など高次脳中枢とつながっていることと関係しています。発語と嚥下に関与する筋の機能障害は,反射の緩徐(反射が遅くなること)とジストニーの複雑な複合状態によります。嚥下の問題は “dysphagia” 嚥下困難症として知られ,発語の問題は “dysarthria” 構音障害として知られています。嚥下困難症の最も重い合併症は,食物を肺に誤嚥し肺炎を生じることです。したがって,PSP患者が定期的に発語と嚥下検査を受けることは,非常に重要です。嚥下の総合的試験は,蛍光線透視検査とビデオレコーディングを使って,口から胃に移動する食べ物のかたまりを画像で診断することです。この検査では,異なる粘度の食べ物を使うことにより,どの食べ物がいちばん問題が少ないか,また誤嚥を生じるかどうかも検出することができます。この試験は,患者が胃ろう造設をすべきかどうかを決定するのにまた重要な指標となります。胃ろう造設術の手順には,腹壁と胃壁の間の開口部を通してプラスティック管を直接胃に挿入するという手順が含まれます。その目的は,口と食道に側路をつけて,食物と液体注入のルートを確保し,それによって適切な栄養を供給し,誤嚥性肺炎のリスクを最小にすることです。明らかに,胃ろう造設術は,患者とその介護者がなさなくてはならない重大な選択です。なぜなら,この選択は病気が進行している好ましくないサインと受け止められることが多いからです。しかしながら,ほとんどの場合,胃ろう造設は適切な栄養を可能にし,誤嚥性肺炎のリスクを最小にし,介護者の不安を減らしますから,患者のQOLを改善させるのに役立ちます。


PSP患者が人格と感情面の変化を示すのはまれなことではありません。Litvan博士(PSP ADVOCATE, 第2四半期号 199X)の報告によりますと,患者は,しばしば,周囲に関心がなくなり,社会的交わりをさける傾向があります(すなわち無感動になります)。ときに患者は,PSP発症前の人格とはまったく違う不適切な行動を示すことがあります。さらに,患者は突然発作的に泣いたり笑ったりし,これはしばしば感情失禁と言われます。家族も患者の人格と感情変化に非常に困惑し,この人格と感情変化は患者と介護者の関係を徐々に壊すほどに顕著なこともあります。これらの変化は,精神遅鈍,記憶障害といった認知障害によりさらに複雑になります。したがって,家族と介護者は,これらの変化が病気の潜在的な経過の一部であることを認識し,このような問題を家庭医あるいは神経内科医に伝えることが重要です。精神科カウンセリングは,こうした状況では非常に役にたち,うつ病はPSPの主要な症状でないかもしれませんが,ある種の抗うつ剤はある程度助けになります。


さまざまな種類の睡眠障害がPSPに生じます。それらは,不眠,断眠(しばしば膀胱切迫に関連します),睡眠時無呼吸症候群(周期的な呼吸停止),睡眠中の周期的手足の不随意運動,REM睡眠行動症候群(夢活動に関連する脱抑制的運動,それはときには粗大な動きになることがあります)および睡眠過剰などです。これらの異常な睡眠活動は解釈の難しい状況ですが,言うまでもなく家族を,特に配偶者を困惑させます。繰り返しますが,これらの症状は病気の潜在的な経過に関係しており,(対症)療法があることを認識する必要があります。どのような睡眠障害であるかを断定するために,総合的な睡眠試験を受けることが,患者にとっては最も役立ちます。睡眠障害の専門家が運営している睡眠センターは,米国各地の最も大きな医療センターに付随してあり,神経内科医が監督していることが多いのです。REM睡眠行動症候群の患者には,クロナゼパムと呼ばれる薬の少量が有用であることがあります。睡眠時無呼吸症候群の場合は,種々の薬剤がある程度効くこともあり,さらに重症の場合は,鼻マスクを介し気道に持続陽圧を付加することによって気道を広げる機械を使うことで(CPAP,ネーザル・シーパップ),睡眠が改善することがあります。


PSPという疾患が患者本人にとっても,また治療を行う医師や介護者にとっても,手ごわい挑戦を突きつける相手であることには疑問の余地はありません。しかし,何もできないと考えるのはまちがいです。車椅子あるいは胃ろうなど,ときに選択が極めて困難な問題に直面することがありますが,今のところは治癒(根治的治療法)はないのですから,よりよい(対症)療法が見つかるときまで,うまくいけば治癒(根治的)治療法が発見されるときまでは,患者のQOLを最良にすることに注意を集中すべきです。


過去数年間にわたり確実にPSPに対する理解は高まってまいりました。と同時にこの病気における神経細胞損傷に関連する要因の理解も深まってきました。それらの要因の1つに,タウと呼ばれる重要な神経細胞蛋白質があります。このタウは細胞全体に物質を輸送する役割を受け持つ「微小管」を支えるという大きな役割をもっています。タウはいくつかの異なる形(アイソフォーム/訳注:機能的には等しいが,構造的に一部異なる分子形)で存在しますが,PSPでは,ニューロンとグリア細胞(ニューロンを維持する細胞)に蓄積する特定のアイソフォームがあります。タウがどのように蓄積されるかという機構,なぜある細胞のみが影響されるのかという理由を同定することで,この病気の原因の発見に近づく可能性があると思われます。つまり,何年もの間,長く暗いトンネルの中に在ったのですが,PSP研究は多くの努力によって,今ようやく決定的な一条の光を見ることのできる出発点に至った所であります。


PSP Advocate(PSP協会が発行する年4回のニュースレター)は,患者とその介護者にPSPに関する最新情報を提供し,支援グループがいまや,米国各地にできています。Dudley Moore(ダッドリー・ムーア)がPSPとの闘いを公表したことも,この病気について広く一般市民に知らせる助けとなりました。Jay Troxel(ジェイ・トゥロクセル)による惜しみない寄附のように,PSPに関する研究に対する経済的援助は,現在成果を生み出していますが,明らかにさらなる資金が必要です。今初めて,楽観的な気持ちで,PSPの原因が発見されるであろうことを,そして,近い将来治癒(根治的治療法)が開発されることを期待できるまでになったのです。