眼球運動障害

PSPにおける眼球運動障害
翻訳:土肥千加子,医師校閲:松尾秀徳 2005年12月18日
オリジナルの頒布:米国進行性核上性麻痺協会(Cure PSP)

David Solomon (医学博士,博士(理学))
ペンシルバニア大学病院神経科
ペンシルバニア州フィラデルフィア


この記事の目的は,眼球運動が視覚や日常の動作に果たす役割,およびPSPが眼球運動に及ぼす影響について述べ,この疾患に伴う諸症状の緩和療法を進言することにあります。


1996年,PSP研究者の国際ワークショップが,PSP協会と米国立衛生研究所(NIH)の米国立神経異常発作研究所(The National Institute of Neurological Disorders and Stroke)の主催で行われ,PSPの臨床診断基準を合意に基づき確立しました。報告書中に「随意的垂直性下方注視制限は,PSPの診断基準中眼球運動に関する基準として確立されているが,この問題は反射刺激により克服できる。」とのくだりがあります。これは,患者が医師の求めに応じようとしても下方視はむずかしく,患者が求めに応じて静止物体を凝視し,医師が緩やかに患者の頭部を後方に回転させると,眼球は下方向に移動することを意味します。随意的眼球運動は脳の核上性眼球運動回路に大きく依存するのに対し,受動的な頭部の回転で生じた眼球の反射運動は核下性です。合意報告書は,下方注視制限がなくとも他の軽い眼球運動障害があり,バランス喪失のような一定の非眼球性所見があれば,PSPと診断して差し支えないとしています。上方向眼球運動障害もPSP患者で一般的に見らますが,この所見は健康な高齢者やパーキンソン病のような他の進行性神経疾患を持つ患者にもしばしば認められます。


通常,PSP患者の眼球運動障害は,眼鏡で矯正できない視覚の変化として現れます。最も一般的に認められる症状は複視でしょう。複視は,対象物に対して両眼が正位に固定されないために生じます。他の症状はより捉えがたいもので,本を読むのがむずかしくなる(行から行への移動が困難),スプーンなどを口に正確に運べない等があります。ある研究によれば,医学用語で「垂直性核上性注視麻痺」と呼ばれる症状は,PSPと診断された時点で患者の79%に見受けられるといいます。これに対して,複視,霧視,眼球の灼熱感,羞明などの視覚症状はこれらの患者の13%で報告されているに過ぎません。PSPと診断確定後1年以内に,3分の2の患者には視覚症状が現れます。多くの場合,視覚症状がでた患者たちは眼科医のもとで,視野および視力検査を受けます。動的物体を追うことが困難である,遠近両用眼鏡が合わない,ベッドで本を読んだりテレビを見たりすることが困難である,などの症状があるにもかかわらず,視野および視力に問題はないという結果が出ます。階段を降りるのが困難である,スプーンから食べ物をこぼす,皿に近づいて食べることができない,靴の紐をうまく結べないなどの症状は,最初のうちは,視覚や眼球運動に起因するものではないように思えます。多くの場合,下方視障害は首の筋肉の緊張増加とあいまって,頭部の下方運動障害を引き起こします。患者は視線を合わせるのが困難になることが多く,そのため遠くを凝視し,周囲の人々や身近な物に注意を払っていないように受け取られることがあります。


本格的な神経眼科的検査では,以下に述べる数タイプの眼球運動について検査を行います。これらのベッドサイドでの検査結果は,PSPと診断する手がかりとなることが多いのです。1番目のタイプの眼球運動は,実際には眼球の動きではなく眼球の固定,つまり対象物の固視です。通常,眼球を静止,固定させることは可能であり,この際両眼は同方向を向いています。これに対し,PSP患者では過剰な「矩形波眼球運動」が認められます。矩形波眼球運動とは狭く(範囲:0.5~3度)迅速な水平方向の動きで,通常は1ないし2秒に1回生じますが,より頻繁に生じる場合もそれほど頻繁でない場合もあります。


PSPの眼球運動障害は,「眼球斜位」の症状から始まることが時折あります。眼球斜位とは,片目を覆うと眼球偏位が生じる傾向で,両眼視状態では脳は眼球を正位に保つことができます。多くのPSP患者でみられることですが,眼球斜位がひどくなると,常に眼球偏位が生じ,その結果複視を引き起こします。複視は下方視障害とあいまって読書を困難にします。
2番目のタイプの運動は,1点から他の点へと視線を移す際に必要な,眼球の位置を変える運動です。この運動は衝動性眼球運動と呼ばれ,観察者が認識できないほど速度が速いものです。衝動性眼球運動は通常,10分の1秒以下の時間で完了し,しかも両眼は目標のごく近位に正確に固定されます。PSP患者では,この動き(特に,垂直性の動き)が通常より緩慢で小さいため,眼球を新しい位置に固定するためにさらにいくつかの動きが必要となります。このような衝動性眼球運動異常は,「測定障害(測定過少)」によると考えられます。PSP患者での衝動性眼球運動は非常に緩慢なので,観察者は眼球の実際の動きを観察することができます。PSP患者では,後に水平性の衝動性眼球運動も冒されると考えられています。


滑動性眼球運動は,動的目標を追うために必要です。通常,この動きは滑らかで,目標と眼球の運動速度は一致しています。PSP患者では,眼球の動きが遅れるので,眼球を目標の位置に正しく保持するために多数の小さな衝動性眼球運動が必要です。PSP患者でのこの動きは「歯車様」といわれます。この動きはPSP患者に特異的な所見ではないのですが,病気の初期段階で観察され,医師たちに他の異常も検査するよう警告を発する一所見です。


視運動性の眼球運動は,視覚刺激を追う滑動性眼球運動と類似しています。しかしこの場合,移動中の車から道端の垣根のくいを見るときのように,眼球は場面全体を追っています。通常,このタイプの眼球運動は眼振と呼ばれ,視覚目標の速度に合ったゆっくりした追従性運動の後,眼球を中心に戻すための断続性運動様の早い動きとなります。PSPの初期段階では,多くの場合急速相(水平方向も含めて)の動きがありません。医師が患者の目前で縞模様の旗を動かし,旗が目前を通過する際に縞の数を数えるよう指示すると,眼球は眼球の移動範囲の端のところで止まってしまいます。そのため,眼球を元の位置にすばやく戻して再び旗を追う運動ができません。


眼振急速相の欠如は,前庭刺激の後にも観察されます。前庭系は,内耳と脳の一部分(空間での自己の方向づけに携わる)からなり,映像を一定させるため頭部の動きに対応して眼球を動かすよう指令を出します。たとえば,頭部を回転させる目的で設計された回転椅子に座り,持続的に頭部を緩やかに回転させると,眼球は適切な方向に動きます。しかし再び眼球運動範囲の端のところで止まり,その後は何の眼振運動も生じなくなります。ところが随意的下方視ができない患者では,頭部を上方に回転させると,前庭系の働きにより代償的下方視が可能となることが多いです。


最後に,眼球の輻輳運動は近距離にある物体を両眼で注視するのに必要な動きですが,PSP患者ではこの動きが欠如していることが多いです。この結果,近距離にある物体を注視すると複視が生じます。


PSP患者では,眼瞼運動も冒されます。一秒間の瞬回数が有意に低下するため,ドライアイや眼刺激を引き起こします。眼瞼攣縮(不随意的強制閉眼)は,時に開眼失行と呼ばれる開眼障害と同様に,PSP患者ではよく認められる症状です。この問題は,眼瞼の緊張を解きほぐす,あるいは特異的な視覚目標を見るなどの方法で克服できることもあります。


PSP患者の眼瞼は引っ込んでいることが多く,これはこの病気に特有な顔貌です。その他には,垂直性断続性眼球運動の際に眼瞼の動きが緩慢になる,明るい光が繰り返し眼に当たった場合に瞬きを抑えることができない等の所見が観察されます。


上記に挙げた問題に対しては数種の治療法がありますが,薬剤治療はあまり効果をあげていません。methysergide(メチセルジド,商品名:Sansert),三環系抗うつ剤(amitriptyline アミトリプチリン,desipramine デシプラミンなど),physostigmine (フィゾスチグミン, メスチノン様薬剤) あるいはbromocriptine (ブロモクリプチン, 商品名:Parlodel, パーロデル) のようなドーパミン作用薬はいくばくかの効果があると示唆する報告はありますが,これらの製品中,副作用リスクを許容するほどの効果が十分な数の患者で証明された製品はひとつもありません。


視覚障害の治療としては,注視障害を矯正するためにプリズム,および切断面が三角形になったガラス板やプラスチック板を使用します。このようなガラス板やプラスチック板はプリズムレンズにしたり,通常の眼鏡の枠にはめ込んだり,所持している眼鏡のレンズの上に貼り付けて使用することできます。プリズム矯正を行える検眼士や神経眼科医は多数います。このような補助手段で良好な結果が出るように,目的に応じたプリズムを使う必要があります。本を読むときとテレビを見るときとでは,異なった矯正手段を用いることが必要でしょう。


複視の治療として,斜視手術を行うことがあります。斜視手術では,眼筋を眼球からはずし,はずした場所とは異なる場所に繋げ直します。病気の進行と共に複視の重度が増すこと,および手術は単にある時点での眼球偏位を矯正するのみなので,この手術は一時的によい結果を生むに留まることが多いようです。再手術よりは,プリズム交換のほうが簡単です。手術でプリズム矯正がより効果的になるように眼位に調整できる場合もあります。片目を覆う,片側のレンズにテープを貼るなどの方法でも眼球偏位による複視を矯正することができます。下方視障害の矯正にプリズムガラス(マサチューセッツ州ボストンのSwift Instruments, Inc.で購入可能)の眼鏡を使用すると,食べ物や読み物を(下を向くことなしに)自分の目前で見ることができます。ベッドに横になってテレビを見る際にもこれに類似した措置をとることができます。この製品はBedSpec(テレビ視聴用横臥位眼鏡)という商品名で売られています。また,読書スタンドや傾きが調節可能な車椅子用テーブルは,読み物を自分が読みやすい位置に支えるのに役立ちます。


グレーの偏光レンズや色付レンズあるいはサイドシールド(横から入る光を遮り,より見やすくするための眼鏡部品)は,外出時の羞明(明るい光への過敏症)を軽減し,さらに瞬き回数の減少のために異物が眼に入る危険性も減らします。目薬は,眼刺激を軽減し,眼球の潤いを保ちます。


眼瞼の問題も治療可能です。開眼障害の患者は眼瞼挙付眼鏡を用いるのもよいでしょう。眼瞼挙げの部品は,堅い針金でできていて瞼が閉じないようそっと支えます。眼瞼攣縮と開眼失行の治療には,ボツリヌス毒素(ボトックス)を眼の周囲の筋肉に注入すると効果的であることが多いです。1回の治療で,両症状を数か月間軽減し,不随意的閉眼を防ぐことができます。眼瞼攣縮に関する詳しい情報は,下記で入手可能です。
Benign Essential Blepharospasm Foundation (本態性眼瞼痙攣基金)

※2016年9月17日現在,本態性眼瞼痙攣基金の名称とサイトは下記のとおりです。
Benign Essential Blepharospasm Research Foundation (BEBRF)
http://www.blepharospasm.org/index.html

連絡先は下記のページをご覧ください。
BEBRF Office